空き家を買った時、ものすごい量の物が納屋に詰め込まれていた。絶対使わないだろ、みたいな物ばかり(例えばケーブルの外装とか発泡スチロールとか大量のプラのざるとか大量のござとか)で、「昔の人は捨てられんのだなー」と思っていた。正直無駄じゃないかとさえ思った。
そしてなぜこうなったのか色々考えてみた。
今の時代、物を極力持たないシンプルな生活や、断捨離、シェアが当たり前になってきた。でもそれは周囲に調達できる環境があるから出来ることなのだと思う。
(縄文文化に近づいたかどうかはまた話が別)
目の届く範囲にお店が沢山あり、物という物に困らない。サービスも充実している。困ったらネットですぐに物を調達できる。なんなら車でひょいと行けばお店に行ける。
しかし一昔前はそうはいかないのだ。買い物も一苦労。
なので使えそうだと思えば(それを使う予定があるないに関わらず)とりあえず取っておく。備えあれば憂いなし。物は多いに越したことはない。残された人がまぁなんとか使うかもしれないし。というかそもそも捨て方がわからない。調べる術がない。
という考えだったかどうかはわからないが。
今、物に溢れる世の中、大いに結構。でもそれが自分にとって本当に大切な物なのか、誰かに買わされていないか、残された人の迷惑にならないか、よくよく考えた方がいいかもしれない。そんでもってとりあえず適当に山に捨てないで!w
なんと言うか、今ぶっちゃけめっちゃ困ってるから!w